「圧倒的な成果を出し続けるマーケターの思考回路はどうなっているのか?」 「99%のライバルが気づいていない、ビジネスの勝率を劇的に高める思考法とは何か?」
ビジネスの成長を願い、競争で優位に立ちたいと考えている人であれば、一度はそんなことを考えたことがあるのではないでしょうか。
実は、USJをV字回復させたことで知られるマーケター・森岡毅(もりおか・つよし)さんは、その答えを極めてシンプルに提示しています。
その答えを私なりに読み解くと、
- プレファレンス
- コンセプト
この2つのエッセンスに集約できます。
しかし、この本質を深く理解するためには、多くのマーケターが神話的にとらわれている「致命的な勘違い」から目覚める必要があります。
それだけ、森岡さんが提示する内容は、これまでマーケティングの常識だと信じられてきたことを根底からくつがえす衝撃的なものだからです。
この記事では、現代の日本マーケティング界で最も結果を出している戦略家の一人、森岡さんの著作『確率思考の戦略論』の核心を要約・レビューしていきます。
- なぜ、多くのマーケティング常識が「間違い」であると言えるのか
- ビジネスの成功を左右する、たった一つの最重要指標「プレファレンス」とは何か
- 消費者の本能に刺さり、選ばれる確率を上げる「コンセプト」の作り方
- 最小の努力で最大の成果を出すための、確率に基づいた思考法
著者紹介:森岡毅氏・今西聖貴氏とは?
本題に入る前に著者たちについて触れておきます。
本書『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』は、「森岡毅(もりおか・つよし)」さん、「今西聖貴(いまにし・せいき)」さんの共著です。
著者の森岡毅さんは、P&Gでキャリアを積んだ後、経営危機にあったユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)のV字回復を成し遂げたことで知られる、日本屈指の戦略家・マーケターです。
共著者である今西聖貴氏は、森岡氏の右腕としてP&G、USJで共に「数学マーケティング」を実践・進化させてきたアナリストです。
現在は二人とも株式会社「株式会社 刀(※公式HP)」を率いており、本書本書『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』は、森岡さんの卓越した戦略構築と、森岡さんの精緻な数学的分析という両輪によって生み出された、他に類を見ない「実戦の書」と言えます。
マーケティング神話の崩壊:なぜ「ターゲットを絞る」と失敗するのか?
LTV(顧客生涯価値)、CRM(顧客関係管理)、ファンマーケティング…。 「新規顧客の獲得には、既存顧客を維持する数倍のコストがかかる」という言葉を一度は耳にしたことがあるかもしれません。
だからこそ多くの企業やマーケターは「ロイヤルティの高い優良顧客を大切にし、彼らにもっと頻繁に買ってもらうこと」を重視します。
しかし、森岡さんはこのビジネス界の「常識」とも言える「既存顧客(ロイヤリティ)神話」を、数学的な裏付けをもって「幻想である」と一刀両断します。
「負の二項分布(NBDモデル)」という法則が示す、衝撃の事実。それは、ほとんどの市場において、あるブランドの「購入者数(浸透率)」と「一人当たりの購入頻度」は、独立した数字ではなく、必ず連動するということです。
言い換えれば、購入頻度だけを単独で増やすことは、数学的に不可能なのです。
あるブランドの購入頻度が高まる時、必ず新規顧客数も増えています。市場浸透率の低いニッチなブランドの顧客が、市場No.1ブランドの顧客よりも高い頻度でその商品を買う、という現象は現実では起こらない。
むしろ、ニッチブランドのファンでさえ、No.1ブランドの方をより高頻度で購入しているのが実情なのです。
購入頻度を上げたければ、新規顧客を増やして浸透率を上げるしかない。これが、確率思考が導き出す、残酷なまでにシンプルな市場のルールです。
そして、この法則は、マーケティング戦略における「最も重要な結論」へと私たちを導きます。
「不必要にターゲットを絞り込むことは、自ら市場を狭め、ブランドが獲得できるはずだった大きな成長の機会を捨て去る『自殺行為』に他ならない」
これが、確率思考から導き出される第一の結論。この考え方は、フィリップ・コトラー(Wikipedia)が提唱したSTP理論に基づき、特定のセグメントに集中することが大切だと考えてきた、多くのマーケターの「当たり前」を根底から揺さぶるものと言えるでしょう。
・T(Targeting):セグメントした市場からターゲットを決める
・P(Positioning):そのターゲットに向けた優位なポジションをとる
上記「3段階のプロセス」をフレームワークにしたものをSTP理論という。
【実体験】ターゲティングをやめたら、売上が10倍になった話
この「ターゲティング神話の破壊」は、私自身の経験とも一致します。
かつて私は「英語の文法教材」をプロデュースしていました。当初、「文法を深く学びたい」という、ニッチな層にターゲットを絞り込み、専門的なメッセージでアプローチしました。満足とは程遠い結果で終わりました。
しかし、ある時、このアプローチを180度転換。「英語を話せるようになりたい、全ての人」を対象とし、「難しい文法を学ばなくても、ネイティブの感覚が身につく」「厳選した文法8個を1日10分、2ヶ月間練習するだけで日常英語を話せるようになる」という、より広いターゲットを視野に入れたコンセプトで売り直したのです。結果、売上は以前の10倍以上に跳ね上がりました。
この経験から私が学んだのは、「射程圏内にある市場は、原則として全て狙うべき」だということです。小さなパイを奪い合うのではなく、市場全体に受け入れられる、より普遍的で強力な価値(コンセプト)を提示すること。それがビジネスを飛躍させるための「コア」なのです。
では、どうすれば勝てるのか?森岡さんが説く「勝率を上げる」ための本質
ターゲットを絞らないのであれば、一体何に集中すればいいのか。本書では、その答えも明確に提示します。それが、ビジネスの成功を決定づける「3つの変数」と、その中でも最重要となる「プレファレンス」、そしてそれを生み出す「コンセプト」という考え方です。
① マーケティング戦略の変数は、たった3つしかない
本書によると、どんな業種・業態のビジネスも、突き詰めれば以下の3つの変数の掛け算で売上が決まります。
- プレファレンス(Preference): 競合と比べて、あなたのブランドが「選ばれる確率」そのもの。消費者の脳内にあるサイコロの目の数。
- 認知(Awareness): あなたのブランドが、そもそも知られている確率。
- 配荷(Distribution): 物理的に、あるいはオンラインで、あなたのブランドが「買える状態」にある確率。
どれだけプレファレンスが高くても、知られていなければ、そして買えなければ売上はゼロです。
認知率も配荷率も、上限は100%ですが、プレファレンスだけは、天井が非常に高い。
なぜなら、プレファレンスを高めることで、市場そのもの(カテゴリーのパイ)を拡大することさえ可能だからです。
つまり、マーケターが最も執念を燃やすべきは、この「プレファレンス」の向上なのです。
② 全ての鍵を握る「コンセプト」という設計図
では、どうすればプレファレンス、すなわち「選ばれる確率」を高めることができるのか。その最大の武器が「コンセプト」です。
注意すべきは、本書の言う「コンセプト」は、単なる「キャッチコピー」や「広告のアイデア」ではありません。それは、
- WHO(誰に): 誰の、どんな本能的な欲求に応えるのか
- WHAT(何を): どんな本質的な価値(ベネフィット)を提供するのか
- HOW(どうやって): その価値を、どんな手段で具体的に実現するのか
この3つの要素から成る、消費者の脳内に「こういうブランドだ」という価値を形成するための、戦略的な「設計図」そのものです。
強いコンセプトは、消費者の本能に直接刺さり、競合の存在を忘れさせ、「これが欲しい」と直感的に思わせる力を持つのです。
「コンセプト」と「ブランド・エクイティ」。「版画」の例えが秀逸
この「コンセプト」と、それによって最終的に構築したいブランド価値(ブランド・エクイティ)の関係性を、森岡さんは「版画」に例えています。
マーケターが最終的に消費者の脳内に作り上げたいものは「ブランド・エクイティ」です。これは、特定のブランドに対して消費者が脳内で描く「イメージの束」であり、本書ではこれを「版画(はんが)」に例えています。
しかし、我々はこの「版画」そのものを、直接消費者の脳に届けることはできません。
そこで、その「版画」を刷り上げるために意図的に作り込む道具が必要になります。それが「マーケティング・コンセプト」であり、本書ではこれを「版木(はんぎ)」に例えています。
つまり、
- マーケティング・コンセプト(版木): ブランドの価値を伝えるための、広告、商品、サービス、接客といった、消費者が直接触れることができる全ての「道具」や「仕掛け」。
- ブランド・エクイティ(版画): その「版木」に触れた結果として、消費者の頭の中に刷り上がり、最終的に完成するブランドのイメージ。
という関係性です。
マーケタが心血を注いで設計する「コンセプト」とは、この「版木」のことです。
優れた「版木」をつくり、それを消費者に提示することで、意図した通りの美しい「版画」が彼らの脳内に完成する。このプロセス全体を「手にしたい結果から逆算しながら設計」することこそが、マーケティングの本質なのです。
したがって強いコンセプトとは、消費者の本能に直接刺さり、競合の存在を忘れさせ、「これが欲しい」と直感的に思わせる力を持つ「最高の版木」である、と理解すると良いでしょう。
③ 強いコンセプトは「憑依(ひょうい)」から生まれる
では、その強力なコンセプトは、どうすれば生み出せるのか。その源泉はただ一つ「深い消費者理解」にあります。
そして、森岡さんの顧客理解の方法が衝撃的です。それは、よくあるアンケートやグループインタビューといった生ぬるいものではありません。
マーケター自身が、その商品カテゴリーの「凡人(一般ユーザー)」や「狂人(熱狂的ファン)」になりきり、その価値観や判断基準を自分の中にインストールする「憑依」というアプローチです。
森岡さん自身、
- USJ時代は「モンスターハンター」を999時間プレイする
- スマホゲームには自己資金で数千万円を課金する
- ネスタリゾート神戸の再建のためには猟銃免許まで取得して猟師になる
ことで、それぞれの分野の「狂人」に憑依し、彼らが本能レベルで何を求めているのか理解に徹したと言います。
そのいくつかの凄まじいエピソードは、単なる武勇伝ではありません。それらは、消費者が自身でも言語化できない「インサイト(隠れた本音)」を掴み取り、本能に刺さるコンセプトを設計するために、凄まじいながらも必要不可欠なプロセスだったのです。
以下は森岡さんが「狂人に憑依」した末に発見した貴重なインサイトです。
USJと「来場者のテッパン感」
ファンがUSJに熱狂するのは、キャラクターやストーリーそのものだけではありません。
森岡さんは、消費者がテーマパーク選ぶ際の根底には、他のレジャーにはない、ある種の「安心感」を求める本能があると洞察します。
私たちは週末や休日、家族や恋人、友人と過ごすために、時間・労力・お金を投資します。
せっかく計画して出かけたのに「子供が退屈してしまった」「思ったより楽しくなかった」という事態は、投資したリソースが無駄になる「失敗」。消費者はこれを強く避けたいと考えています。
この「失敗したくない」という強い動機に対し、USJは強力な価値を提供しています。
「お金を払いさえすれば、面倒なことを回避できて、向こうから楽しませてくれる。きっと自分も皆も楽しめるに違いない」という、確実性が高く、安心できるレジャーの選択肢、という価値です。
この「失敗しない」という安心感を、森岡さんは「テッパン(鉄板)感」と表現しています。 USJのV字回復時のブランド戦略の「重心」は、この「テッパン感」を消費者の脳内で確立することだったと言います。
「映画好き」という小さな市場を狙い打ちした「ハリウッド映画のテーマパーク」という狭いコンセプトから脱却。「レジャーを求めるすべての人」を狙い「世界最高のエンタメを集めたセレクトショップ」というコンセプトを確立。その上で、「USJに行けば、世界最高のクオリティで絶対に楽しく、失敗しない」という「テッパン感」を訴求し続けたのです。
スマホゲームと「廃課金者の恐怖」
なぜ彼らは、何百万円も課金したデータを捨てて突然「引退」するのか。森岡氏は「憑依」によって、その動機が「飽きた」からではなく「このままでは自分の人生がダメになる」という自己保存本能からくる「恐怖」であることを突き止めました。このインサイトが分かったことで、ユーザーを燃え尽きから守り、長期的に楽しんでもらうための施策を考えることができるようになりました。
ネスタリゾート神戸と「狩猟者の野生的本能」
なぜ猟師は、スーパーで肉を買うより遥かに大変な思いをしてまで山で獣を狩るのか。それは、都会では感じられない「自分の能力で生きている」という本能的な実感からきます。つまり「できた!」という快感を求めているから。このインサイトから「大自然の冒険テーマパーク」というコンセプトが生まれ、来場者が安全に「できた!」を体験できる数々のアトラクションが開発されたのです。
まとめ:99%のマーケターがまだ気づいていない「優位性」の源泉が本書にある
本書『確率思考の戦略論』が教えてくれるのは、ビジネスとは決して「ギャンブル」ではなく、
- 人間心理
- 統計・確立
この2つの組み合わせから生まれる「科学」であるという、希望に満ちた事実です。
もし今、ビジネスが伸び悩んでいるとしたら、それはおそらく努力が足りないからではありません。その原因は、どちらかである可能性が高いのです。
- 知らず知らずのうちに、多くの人が信じる「ターゲティング神話」に囚われ、自ら市場を狭めている。
- 消費者の本能に刺さらない、作り手目線の独りよがりな「コンセプト」を掲げている。
この記事で触れた通り、私自身も「ターゲット」の概念を見直したことで10倍の売上を手にすることができました。 「射程圏内の市場は、全て狙う」これは私が日々自分に唱えている「鉄則」です。
そして私はこの原則が、今これを読んでくださっているあなたのビジネスの可能性も、大きく広げてくれることを確信しています。
その上で、その大きな市場で勝利を掴むために不可欠なのが、本書で語られている、消費者の本能に刺さる強力な「コンセプト」です。
強いコンセプトは、全てのビジネス活動の「重心」。これが見つかれば、どこに力を集中すべきか、何をすべきでないかが明確になります。
それまでの努力は報われ、組織が活性化し、そして何より、顧客に本当の価値を届けることができるようになります。
もしその具体的な方法論を深く学び、ご自身のビジネスやキャリアに革命を起こしたいのであれば、悪いことは言いません。本書『確率思考の戦略論』を読んでください。分厚いですが、十分すぎるほどの見返りがあります。
- あなたが扱う商品・サービスは、ターゲットを絞りすぎてませんか?もっと大きな市場・他の市場も狙えないか考えてみましょう。
- あなたの文章は、ターゲットを絞りすぎてませんか?もっと多くの人に訴求できないか考えてみましょう。
このブログ『Writer’s Coder』では、「言葉と人間の本質」の探究をテーマとし、今回のような優れた書籍を取り上げたり、独自の考察を発信しています。興味がありましたら他の記事も読んでみてください。
Q&A
ビジネスの成功は「確率」で決まっており、その確率を上げる最強の武器が「コンセプト」である、ということを数学的・論理的に解き明かした「マーケティング書」です。
「ターゲットは狭く深く絞るべきだ」「優良顧客を大切にすれば売上は伸びる」といった、多くの人が信じる「ターゲティング神話」「ロイヤリティ神話」です。本書は、それらが数学的に非効率な戦略であることを証明しています。
競合ブランドと比較して、自社のブランドが消費者に「選ばれる確率」そのものです。森岡氏は、このプレファレンスこそが売上を左右する最も重要な変数だと断言しています。
コンセプトとは「WHO(誰に)WHAT(何を)HOW(どうやって)」という3要素から成る戦略的な「設計図」です。本書では、コンセプトを版画を刷るための「版木」、それによって生まれるブランドイメージを「版画」に例えて解説しています。
市場を分析すると、ブランドの「購入者数(浸透率)」と「購入頻度」は必ずセットで動くからです。「買う人は少ないが、頻繁に買ってくれる」というブランドは存在しません。したがって、売上を伸ばすには、購入頻度よりも購入者数を増やす、つまりターゲットを広げる方が遥かに効率的だからです。(例外として、「圧倒的な独自性」のあるカテゴリーやポジションを取ること、あるいは高価格でも販売できるブランドが挙げられています)
マーケター自身が、その商品の熱狂的なファン(狂人)や一般ユーザー(凡人)になりきり、彼らの価値観や判断基準を自分の中にインストールすることです。これにより、アンケートなどでは見えてこない、消費者の本能レベルの欲求(インサイト)を掴むことができます。
はい、問題ありません。本書は数式そのものよりも、その数式が示す「意味」や「結論」を、豊富な事例と共に分かりやすく解説することに重点を置いています。思考プロセスを学ぶことで、文系の方でも論理的な戦略構築が可能になります。(※数学的な裏付けも解説されています)
できます。なぜなら、BtoBであっても、最終的に意思決定するのは「人間」だからです。複数の人間による合議制であるBtoBこそ、感情論ではなく、本書が説く「本能」と「論理」に根差したコンセプトが強力な武器となります。
まずは、自社の商品やサービスが、現在よりも広い市場を狙えないか考えてみましょう。次にそれらの市場の「本能的な欲求」に応えられるかを考えることです。そして本書のフレームワークに沿って「コンセプト」を設計してみることをお勧めします。
青い表紙が2016年刊行の『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』(以下、前作)、赤い表紙が2024年刊行の『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』(以下、今作)にあたります。端的に言えば、前作(青)が市場の「原理原則(なぜそうなるのか?)」を解き明かす理論編であるのに対し、今作(赤)はその原理原則に基づいて「実践(どうやって勝つのか?)」する方法を説く応用編となっています。
今作(赤)は、前作(青)を読んでいなくても理解できるように、第1章で前作の重要なハイライトがまとめられています。 そのためどちらから読み始めても問題ありません。もし迷うなら、実践的なノウハウが詰まった今作(赤)から手に取ることをお勧めします。より深い理論的背景や数式の詳細に関心があれば、その後に前作(青)を読むと、理解がさらに深まります。
感覚や経験則に頼るのではなく、全ての戦略を数学的な「確率」で捉え、成功確率が最も高い選択肢に資源を集中させる点です。これにより、驚異的な精度での需要予測や、V字回復といった劇的な成果を可能にしています。